2018年04月25日

音の流れ

Aメロ、Bメロ、サビのように音楽は流れていくのだけど、サビが良いからといって、サビだけ聴けば良いとはならない。
そのサビを活かしているのがA、Bメロの役割だったりするから。
何かを良いとするとき、必然として、あるべき下地がいるわけ。当たり前の事だけど。

これは一曲の中で起るだけではない。時代の流れの中でもある。
極端な話、1000年前の人に、今の楽曲を聴かせても、まったく理解できないと思う。それがどんなに名曲であっても。
時の流れで音楽は作られる。人が生まれ育ち、その過程で音楽というものの下地を含め養われていくため、それを省いた1000年前の人には理解できないはず。

音楽を感じ取る下地を養うというのは簡単ではない。
そのための教育もない。
自然にそうなる、というのが時代の役割なのかもしれない。

人は、自分の頭のなかに定住しているAメロが常にあり、次のBメロやサビを求めているだけ。
それ以外は受け付けない。それを好みと思っている。
受け入れる音楽の範囲を広げるというのは、自分の好みに反することにもなり、容易ではない。

聴き手は、それで良くても、作り手が、それで良いのか?
駄作のAメロだけが頭に常駐していたらどうなる?
な〜んて事を考えつつ、音楽を聴くわけ。
posted by musf at 09:56 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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