2018年05月26日

それは光なのか、闇なのか

優れた作品であれば、あるほど、その個人という範囲を超えて、作者本人さえ知らない世界へと導かれる。
posted by musf at 11:51 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

絵本「夜の木」//タムラ堂

夜の木、(シャーム/バーイー/ウルヴェーティ)青木恵都 訳

やっと買うことができ、手にとって眺めて、想像以上に素晴らしくて感動している。
手漉き紙に、シルクスクリーンで一枚ずつ刷られ、製本は手製本という形態なので、普通の印刷物とはまるで違う。

音楽もそうだけど、芸術作品って、やっぱり人なんだよね。
作者の心の奥に潜むものが形を求めて現われる。
見た目の綺麗さを踏み台にして瞬時に別世界へと誘う。

自分という狭い視野は、作品を通して壊され、多くの時間と空間を経て、
人間本来の感受性を取り戻す、その事が、人の心を豊かにするのだと思う。
posted by musf at 17:23 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

限りなく生音に近づくのではなく、

限りなくマイクロフォンの拾った音に近づく。
アーティストやエンジニアが、その音を再構成した延長線上に近づく。
録音されたスタジオの音が正解なのではなく、
作り手と聴き手が同じ感性を共有するために。

それは解っていたはずなのに、今まで自分が聴いていた世界とは別な世界が現われ、
ちょっと狼狽える。

どんなに悪い音であっても、音楽は素晴らしい。
だから、自分が聴いてきた過去の時間を否定はしない。

でもね、この音、この音楽・・・
posted by musf at 05:32 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

和声感覚

元々、数学のような答えがあるわけでもないので、脳ミソ取り替えてみる事でしか解らない世界。
それが出来ない故に、理論に頼ることにもなる。
結論を先に言うと、和声理論は、音楽制作の助けにはならない。
助けになるのは、楽曲が出来上った後になる。
制作の助けにならないのだから、それは凡庸な駄作である事を証明する助けになる、と言う事。
後付け、と言うのは、音楽は聴く事と作る事でのみ感覚が養われ、それを最後に確定するから。
もう一人の自分が、それは違う、と囁くなら、(私は囁かないけど)その、もう一人の自分は、音楽を作る側の一人ではない。
なので、音楽理論は和声に限らず、大事な役割がある。
本当に大事なのは、曲を作る直前なのか、後なのか?
聴くしかない。
作るしかない。
posted by musf at 00:36 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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