2018年03月24日

ブラームス

音楽をどう捉えるかは、人それぞれで、嗜好の度合で評価して何が悪いと開き直るのも勝手な世界。
何が良くて何が悪いのか、正解も無い。
自分が持っている一つの基準は、曲作りという過程では確実に何が良くて何が悪いかは存在する。
凡庸な発想からは行く事の出来ない世界がある。
この点から次の点への驚嘆、それがどんなに優れたものであっても、音楽に於ては一つの流れにしかすぎない。
今鳴っている既存の音楽、単なる名曲の一つ。
嗜好という入口で始末されてはダメで、スコアを見て分析できるものばかりではない。
だから音楽は不思議なもので、
この文章のはじめに戻ってしまう。

稚拙な解釈がいくらあっても、それは仕方ない。という事か。
でも、敢えて言わせてもらえば、
自分を信じすぎてはいけないし、スコアを(視覚的に)信じてもいけない。
posted by musf at 01:43 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月10日

330gが1歳半で2kgに成長

このタイトルを見て、ヘッドフォンの事だと思う人は、まずいないだろう。
そう、わが家のT70改は、あり得ない重さと奇っ怪な姿へと変貌している。もうヘッドフォンとは言えないかも。
テスラドライバーは、磁力が強くなった分、余裕のある再生・・・なんてものじゃなくて、そのドーナッツ形状も含めて、既存のヘッドフォンの領域を超えていた。
とてつもないバック反射があって、箱鳴りという欠点を生んだ、のではなく、それを”消化し”音へ反映するために、この重さと姿が必要だったと、自分では思っているわけ。
本家Beyerdynamicは、ドーナッツ穴を塞いだり、軽量弱体化させているけど、ヘッドフォンとして製品化させるためには仕方ないのかもしれない。わが家のT70改は私以外、誰にも望まれていないだろうから。

ヘッドフォンでもスピーカーでもない形態は、娯楽のための音楽再生というより自分が求める究極の音再生なわけで、それは以前にも書いているけど、録音された音というのは(まあ、シンセのような直形態もあるけど)マイクの振動によって電気化されたもの。その振動に最も近いのがヘッドフォンのドライバ構造となる。
マイクとヘッドフォン両方を販売するメーカーが多いのも、その証し。
マイクの微弱な振動に比べ、再生のヘッドフォンは、より大きな振動が必要で、その差分のようなものが、リアルな音再生にとって問題となる。
(スピーカーは同じ振動ではあるけど、より大きなエネルギーを得るため、音の性質も変化する。エンクロージャーでの増幅、部屋そのものでの反射等々。)
(再生音に対する考え方は人それぞれで、何が正しいか、なんてものはなく、個人的な考え方)

テスラドライバーによる強化は、より強い振動でマイナス差分が多くなるだけ?ではなく、バック反射での形態により、振動を吸収し(改造により)、よりマイク振動に近いリアルさが生まれているのではないか、というのが推測。
それは、とても複雑なわけで、理論ではなく、聴感上で、その方向性を探り、どんな形状のものを、どれだけ付ける事で音は変化するか、という試行錯誤。

そこで、いったい何が聴こえてきたのかというと、それは微細な音たち。弱音なのね。
意外かもしれないけど、音が変化するのではなく、塞がれていたものが前へ出るという結果。
テスラにより、音を強くすると、より多くの振動範囲を持ち、強い音はバック反射領域へ、なだれ込む。
小さな弱音は、最初から後ろへはいかず、前面へ出てくるわけ。(これも推測だけど)

デジタル録音に於て、多くのCDがそうであるように、弱音は虐げられている。みんな強い音だけで満足しているから。
T70改で生きてくる弱音、その領域(高周波成分)を、より持ち上げると、信じられないようなリアルさが聴こえてくる。それがマイク振動の捉えた微細な振動に近いという事になる。

音というのは、必ず減衰していくわけで、その姿をはっきり捉えるというのは、その場所の空間そのものが、何であるか、というのを記録してもいるわけ。
音楽というものを、どう感じ取るかという意味でも、それはとても重要で、実際、うろたえてしまう程、自分が感じ取ってきた、今までの音楽との違いに驚くことが多い。
posted by musf at 06:33 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

頭の中で鼻歌のように旋律をなぞる、という音楽の聴き方

例えば、バルトークの「中国の不思議な役人」、30分ほどの曲だけど、集中力を途切らず聴き通すのは難しい。雰囲気でしか聴かない人は別として、そこで何が表現されているのか、音楽的に把握するのは重要なこと。
そこで、曲を聴きながら頭のなかで旋律を反復する。鼻歌のように。正しい必要はなく、時間の先端の一点に集中しているのが目的。
予め旋律を知っている必要もなく、ちょっと遅れたショートディレイのごとく頭の中で反復すればよい。
作者が旋律を頭に描いて譜面に書き起こす時も、そんなもんなわけで(その精度はともかく)それを演奏し録音されたというのを逆算して、鼻歌に戻すと考えれば納得できるかも?。
古い民謡を集めていたバルトークは、どこか鼻歌的とも思える旋律体形があり、どんなに複雑化しても構築されていく音楽の断片というかパーツの有り方を知る事ができる。
聴き進めていくと、ある時、リズムとの兼ね合いでゾワっとする瞬間があって、あぁ、これって作者自身もゾワって来てるはずだ、なんて思ったりする^^
作者が何を表現しようとしているのか、その音楽の本質を少しでも掴めれば、作り手として何らかの反映があるはず。
posted by musf at 17:30 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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