2017年12月23日

テオドール・クルレンツィスは天才か否か、春の祭典を聴く

youtubeでダイジェスト版を聴いて、これはとんでもない逸材かと興味を持ち、ようやくCDを聴くことができたので、その感想。
結論は、否でした;;ブーレーズ/クリーブランド超えは、そんな甘いもんじゃなかった。
でもね、これ、聴く価値は十分にある。
まず、良いところは、徹底したオケの制御。何もかも思い通りに操ろうとする指揮者に答えるオケの凄味がある。スコアを細分まで緻密に読み解き制御するかのように。
それが計算されたスコアであって、音楽としての流れとは違うところがダメなんだけどね。
録音も凄く、弱音においても精密であり、また、スタジオ内のノイズも極端に少ない。これ、みんな立って演奏してる?、よくある椅子のきしみが皆無。
コンプによる音上げもなさそうで、どこまでも自然な響きを目指しているのだろう。

良くないのは、前述したように、音楽としての流れが分断されていること。この曲の野性的なエネルギーは力を抜かれ、人の心の奥に潜む生命の躍動は起らない。

クルレンツィスの利点は、一点も逃さないスコア読み描写。まるでスローモーションのように音符が浮かび上がりますって、本人は喜ばないだろうけど;;
posted by musf at 21:40 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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