2018年04月21日

脳の情報

何かを見た時、考えるという自覚なしに脳が勝手に情報を検索処理している。
感じている、という事も含め、無意識の情報処理なのかもしれない。
”考える”事が前提の知能で、それを検証することはできないから、語られることもないだろうけど。
自分の心に深く問いただせば、自覚できるはず。

雑多なモノに溢れている部屋で、どこに何があるか、本人にだけ解っている。
脳の記憶と繋がっていて、視野に入るたびに、検索モードで脳は活性化してもいる。
整理整頓で、何もかも棄ててしまえ、というのが一時期流行ったけど、これは脳が萎縮するだけw
認知症になるのが速いかもしれない;;

レコードやCDが並んでいて、さて何を聴こうかと選択するのは、スマホやPCで、タイトルだけで検索するより、脳内で多くの情報処理があるように思える。
書籍でも同様だし、手書きのメモなら、その形状も含め、多くの意外性と同居している。
そのモノや形状に圧縮された情報が詰っているのだ。デジタルデータには、その意味以外には何も無い。
便利さの裏に、失われるものがある、という事に気がつかないと、隠れた発想やアイデアは萎縮してしまうかもしれない。

雑多で汚れて汚い部屋は、たとえ僅かでも、人間の無意識の世界と、どこかで繋がっている。
形として見える、それは、たとえ僅かでも、人間の心の安定と拘わっている。
posted by musf at 05:35 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

今やってること

たとえば、自分の曲がデータを含めて消失し、もう一度最初から作り直せるかというと出来ない。
記憶を頼りに再現された曲って、生きた音楽にはならないから。
微妙なエフェクターの加減も、対位法的な構造も、それはその瞬間に生まれる。
曲は時間として一方通行。振返ってはいけない。だけど、過去の曲を今という時間で開始点を得れば、生まれ変われる。
生きた時間の一方通行は、理論では得られない。
posted by musf at 15:12 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

ブラームス

音楽をどう捉えるかは、人それぞれで、嗜好の度合で評価して何が悪いと開き直るのも勝手な世界。
何が良くて何が悪いのか、正解も無い。
自分が持っている一つの基準は、曲作りという過程では確実に何が良くて何が悪いかは存在する。
凡庸な発想からは行く事の出来ない世界がある。
この点から次の点への驚嘆、それがどんなに優れたものであっても、音楽に於ては一つの流れにしかすぎない。
今鳴っている既存の音楽、単なる名曲の一つ。
嗜好という入口で始末されてはダメで、スコアを見て分析できるものばかりではない。
だから音楽は不思議なもので、
この文章のはじめに戻ってしまう。

稚拙な解釈がいくらあっても、それは仕方ない。という事か。
でも、敢えて言わせてもらえば、
自分を信じすぎてはいけないし、スコアを(視覚的に)信じてもいけない。
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2018年03月10日

330gが1歳半で2kgに成長

このタイトルを見て、ヘッドフォンの事だと思う人は、まずいないだろう。
そう、わが家のT70改は、あり得ない重さと奇っ怪な姿へと変貌している。もうヘッドフォンとは言えないかも。
テスラドライバーは、磁力が強くなった分、余裕のある再生・・・なんてものじゃなくて、そのドーナッツ形状も含めて、既存のヘッドフォンの領域を超えていた。
とてつもないバック反射があって、箱鳴りという欠点を生んだ、のではなく、それを”消化し”音へ反映するために、この重さと姿が必要だったと、自分では思っているわけ。
本家Beyerdynamicは、ドーナッツ穴を塞いだり、軽量弱体化させているけど、ヘッドフォンとして製品化させるためには仕方ないのかもしれない。わが家のT70改は私以外、誰にも望まれていないだろうから。

ヘッドフォンでもスピーカーでもない形態は、娯楽のための音楽再生というより自分が求める究極の音再生なわけで、それは以前にも書いているけど、録音された音というのは(まあ、シンセのような直形態もあるけど)マイクの振動によって電気化されたもの。その振動に最も近いのがヘッドフォンのドライバ構造となる。
マイクとヘッドフォン両方を販売するメーカーが多いのも、その証し。
マイクの微弱な振動に比べ、再生のヘッドフォンは、より大きな振動が必要で、その差分のようなものが、リアルな音再生にとって問題となる。
(スピーカーは同じ振動ではあるけど、より大きなエネルギーを得るため、音の性質も変化する。エンクロージャーでの増幅、部屋そのものでの反射等々。)
(再生音に対する考え方は人それぞれで、何が正しいか、なんてものはなく、個人的な考え方)

テスラドライバーによる強化は、より強い振動でマイナス差分が多くなるだけ?ではなく、バック反射での形態により、振動を吸収し(改造により)、よりマイク振動に近いリアルさが生まれているのではないか、というのが推測。
それは、とても複雑なわけで、理論ではなく、聴感上で、その方向性を探り、どんな形状のものを、どれだけ付ける事で音は変化するか、という試行錯誤。

そこで、いったい何が聴こえてきたのかというと、それは微細な音たち。弱音なのね。
意外かもしれないけど、音が変化するのではなく、塞がれていたものが前へ出るという結果。
テスラにより、音を強くすると、より多くの振動範囲を持ち、強い音はバック反射領域へ、なだれ込む。
小さな弱音は、最初から後ろへはいかず、前面へ出てくるわけ。(これも推測だけど)

デジタル録音に於て、多くのCDがそうであるように、弱音は虐げられている。みんな強い音だけで満足しているから。
T70改で生きてくる弱音、その領域(高周波成分)を、より持ち上げると、信じられないようなリアルさが聴こえてくる。それがマイク振動の捉えた微細な振動に近いという事になる。

音というのは、必ず減衰していくわけで、その姿をはっきり捉えるというのは、その場所の空間そのものが、何であるか、というのを記録してもいるわけ。
音楽というものを、どう感じ取るかという意味でも、それはとても重要で、実際、うろたえてしまう程、自分が感じ取ってきた、今までの音楽との違いに驚くことが多い。
posted by musf at 06:33 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

頭の中で鼻歌のように旋律をなぞる、という音楽の聴き方

例えば、バルトークの「中国の不思議な役人」、30分ほどの曲だけど、集中力を途切らず聴き通すのは難しい。雰囲気でしか聴かない人は別として、そこで何が表現されているのか、音楽的に把握するのは重要なこと。
そこで、曲を聴きながら頭のなかで旋律を反復する。鼻歌のように。正しい必要はなく、時間の先端の一点に集中しているのが目的。
予め旋律を知っている必要もなく、ちょっと遅れたショートディレイのごとく頭の中で反復すればよい。
作者が旋律を頭に描いて譜面に書き起こす時も、そんなもんなわけで(その精度はともかく)それを演奏し録音されたというのを逆算して、鼻歌に戻すと考えれば納得できるかも?。
古い民謡を集めていたバルトークは、どこか鼻歌的とも思える旋律体形があり、どんなに複雑化しても構築されていく音楽の断片というかパーツの有り方を知る事ができる。
聴き進めていくと、ある時、リズムとの兼ね合いでゾワっとする瞬間があって、あぁ、これって作者自身もゾワって来てるはずだ、なんて思ったりする^^
作者が何を表現しようとしているのか、その音楽の本質を少しでも掴めれば、作り手として何らかの反映があるはず。
posted by musf at 17:30 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

当たり前の事をもう一度理解する

音楽を聴いていて、それを良いと思う時、それは作者の意図した事である。
と、当たり前の事。
もうちょっと深く考えてみる。
良いと思わないなら?
(1)自分の好みと違う。
(2)自分の理解が足りない。
多くの人は(1)であろう。これを徹底すると、自分の好みの範囲を出る事はない。それで一生を終える;;
それは自分の個性でもあり、何の問題もない。
そう思っていたら、
良くないはずの曲が、ある時、良く聴こえてきたら、
作者の意図が、より多く伝わってきたことになる。
(2)をもっと意識するべきだった、そう思う。でも(1)を見失うかもしれない。
結局、どちらも大事だと認識する。

良いと思うなら、それ以上はない。
良いと思えないなら、何かが隠れているかもしれない。そういう姿勢。

最近、自分の理解力(音楽)の足りなさに思い知る。
一個人に見える音楽の世界は、とても小さい。
どんなに喘いでも、それは変らないけど、何かを見つけたときは・・・
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2017年12月25日

好きな音とは?

好きな色は何ですか、と聞かれる事はあっても、好きな音は何ですか、と聞かれた事は一度もない。
もし聞かれたなら即座に答えられるぐらい、自分には好きな音があった。
幼少時まで遡るのだけど、それが”靴の音”。
コツコツという音に、ちょいと砂混じりのジャリなんて入ったらなお良い。
子供が履く靴で、そんな音がするのは滅多になく、親に散々駄々をこね、知り合いから、いらなくなった古い革靴を貰い受け、それを喜んで履いていたという記憶がある。
(BeatlesのBlackbirdに異常に反応したのは当然か)
好きな音、それは生の現実音であったものが電気的に記録された再生音へ変わる。
一つの音だったものが、録音されたものになると、再生装置の違いで無限に変化することになる。
その過程は、聴覚が共通感覚ではなくなり、一個人の独自の世界へ移行していく。
自分が他人と同じ音を聴いているという範囲だけで生きていくことはできない事に気づく。
でも、それはたいした問題ではなく、何が必要なのか、という聴覚範囲で困る事はないのだ。
わけの解らない事を言っていると他人に思われる程度で済む。
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2017年12月23日

テオドール・クルレンツィスは天才か否か、春の祭典を聴く

youtubeでダイジェスト版を聴いて、これはとんでもない逸材かと興味を持ち、ようやくCDを聴くことができたので、その感想。
結論は、否でした;;ブーレーズ/クリーブランド超えは、そんな甘いもんじゃなかった。
でもね、これ、聴く価値は十分にある。
まず、良いところは、徹底したオケの制御。何もかも思い通りに操ろうとする指揮者に答えるオケの凄味がある。スコアを細分まで緻密に読み解き制御するかのように。
それが計算されたスコアであって、音楽としての流れとは違うところがダメなんだけどね。
録音も凄く、弱音においても精密であり、また、スタジオ内のノイズも極端に少ない。これ、みんな立って演奏してる?、よくある椅子のきしみが皆無。
コンプによる音上げもなさそうで、どこまでも自然な響きを目指しているのだろう。

良くないのは、前述したように、音楽としての流れが分断されていること。この曲の野性的なエネルギーは力を抜かれ、人の心の奥に潜む生命の躍動は起らない。

クルレンツィスの利点は、一点も逃さないスコア読み描写。まるでスローモーションのように音符が浮かび上がりますって、本人は喜ばないだろうけど;;
posted by musf at 21:40 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

バルトーク/中国の不思議な役人

オケ的な技でもバルトークのベストな作品だと思う。だけど、25分ほどの、この曲、集中力を持続するのは、とても難しい。
その点で、ストラビンスキーと何が違うのか、個人的な検証だけど。
ストラビンスキーは、野性的・本能的なエネルギーと直で繋がっているのに対し、バルトークは頭で思考パターンが入り、もう一度、本能的な躍動へと繋がる。その分、エネルギー量は減少し、エネルギーの向かう先は曖昧になり、どこへ向かうのか、何考えてるのか解り辛くなる。
たぶん、行く先不明なのだ。目的を見失った状態で集中力を持続することは難しい。
それでも、この曲が重要なのは、バルトークが持つ法則と、その表現が卓越しているから。

演奏者の手先の感覚を受け止めるには、それなりの音圧が必要で、Kotelnikovで感触は一変する。

裏を返せば、こちらの感性の未熟さなのだけど、録音物の世界、手段を選ばず。
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2017年12月20日

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」

カルミニョーラ、ヴェニス・バロック・オーケストラ
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」
今まで聴いたことの無いような演奏で驚いてしまう。
バロック音楽は、独特な解釈があって、どうしても得意な人たちの演奏を聴きたいもの。
単に曲調が違うというのではなくて、何か染みついたものがあるのよね。
新しい演奏法なんて、そう赦されるものじゃなくて、その範囲みたいなものを想定して聴いたから、よけいに驚いたわけ。
カルミニョーラは凄い人だと思っていたけど、それでも過小評価、真に表現者だった。

1999年の録音らしいけど、この音も凄くて。
T70改になってから、高周波上げをしないで聴ける初めてのCD。
バイオリンの音は鮮烈で、やっぱり、ここまで高周波を上げないとリアルさは出ない。
自前リマスタは、間違ってなかったんだなと^^
それでも更に上げたけど;
posted by musf at 00:55 | Comment(0) | Music Creation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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